
インクルーシブデザインの実践プロジェクトでは、福祉分野と多分野が協働するチームが、約1年をかけて実際に製品やサービスをつくりあげていきます。
今回は「suinner」チームのレポート。2023年から始まった冠婚葬祭用のジャケットの開発。さらに1年の期間を経て、どのように進んだのでしょうか。
2024年度振り返りレポート、第1弾です。
2023年の振り返り
プロダクト、サービス、建築など、社会ではさまざまな開発が行われていますが、社会の少数派の意見が反映されることはほとんどありません。インクルーシブデザインを取り入れた開発がもっと広がれば、より多くの人が暮らしやすい社会に近づくのではないだろうか。
そんな疑問から生まれたのがsuinnerのプロジェクトです。

このプロジェクトの中心となるのは、マルチスイッチの木村寛子さん。木村さんは、長浜市余呉町で車椅子に座ったまま着脱できる衣類ブランド「スワリオン」シリーズの開発や、冠婚葬祭衣装のレンタル事業を手がけてきました。
自身も車椅子ユーザーであり、ピアカウンセラーとして障がいのある人の支援を行う中で、木村さんはある現実に気付きます。それは、障がいのある人が冠婚葬祭の場に出席しないことが当たり前になっているということでした。
「障がいのある人は、冠婚葬祭があるとそこには参加せずに、ショートステイなどに預けられてしまうことが多いんです。本人すらそれを不思議に思わない。でも、それが私にはとても違和感がありました。法律で定められた『人間らしい生活』を超えて、『自分らしい生活』を実現するために、マルチスイッチを立ち上げました。」
誰もが大切な人の人生の節目に、当たり前に立ち会える社会にしたい。
外に出るための着やすい服があれば、それがきっかけのひとつになるかもしれない。
そんな木村さんの思いを出発点に、冠婚葬祭で着用するフォーマルウェアの開発が始まりました。
2023年度には、デザインロードマップの作成、ブランド名やロゴの決定を進め、第1回目の試作と試着会を実施。まだ改善の余地はあるものの、試着をした方からは「たった数秒で着ることができるジャケットなんて、今までありえなかった!」という力強い言葉をいただきました。
2024年春、2回目の試作がスタート
実際に着用した車椅子ユーザーのコメントをもとに、2回目の試作が始まりました。

今回は、車椅子のホイールを自らの手で動かす人のために袖口を折り返せる仕様に改良。また、首元のスナップ位置の調整など、さらなる着心地の向上を目指しました。
さらに、長時間座ってもシワになりにくく、扱いやすい生地の選定も重要な課題のひとつ。5月にはデザイナーのワタナベさんと支援者の荒井さんが木村さんに同行し、都市部の生地販売店を訪れました。この日は新幹線駅で待ち合わせをし、名古屋へ向かいます。
ワタナベさんは、これまでも木村さんから話を聞いて想像はしていたけれど、1日一緒に行動することで、車椅子ユーザーならではの暮らしにくさや制約をよりリアルに感じたそうです。
道を移動すること、電車に乗ること――日常の何気ない行動の中に、想像以上のハードルがある。ワタナベさんの実感は、今後のデザインにも影響を与えることになります。
生地や細かな部品の選定と並行して、縫製工場の選定も進め、いよいよ試作を発注。

そして8月中旬、2回目の試作が完成しました。想定以上の仕上がりに、木村さんの顔には自然と笑みがこぼれていました。
「車椅子ユーザーにとって着やすいから選ぶ」のではなく、「このデザインが気に入ったから選ぶ」。
そんな選択が当たり前になることこそが、木村さんが目指してきたものです。
法律で定められた「人間らしい生活」の実現を超え、より主体的で個性的な「自分らしい生活」を築くために。
この思いを形にするため、suinnerのジャケットは「着やすさを優先しながらも、デザインに妥協しない」ことを大切にしてきました。
最大の特徴は、服全体が左右に二分割できる構造。
割烹着のように前から着ることも、背中から羽織ることも可能です。
さらに、袖ぐりを広めに設計し、裏地にはシルクのように滑りのよい生地を使用することで、腕をスムーズに通せる工夫を施しました。
そして完成したのが、性別や体型を問わず、誰もが心地よく着られるユニセックスなジャケットです。
このジャケットを必要とする人々を思い描きながら、何度も議論を重ねた結果、suinnerでは ブラックフォーマル と カラー展開のあるフォーマル の2種類をラインナップすることに決めました。
ブラックフォーマルは弔事に、カラー展開のあるフォーマルは結婚式やお祝い事、発表会などの場に。
「着ること」が特別ではなく、当たり前になる未来を目指して――。
いざ、販売に向けて
2月中旬。商品の着用イメージ撮影のため、プロジェクトメンバーは結婚式場と葬儀場に足を運びました。モデルは4名。そのうち2人は、このプロジェクトの中心人物である木村さんとデザイナーのワタナベさんです。

完成したジャケットを身に纏い、笑顔を浮かべる木村さんとワタナベさん。
2年にわたる試行錯誤を重ねる中で、二人の間には確かな信頼関係が築かれていました。
その信頼の深さは、二人が並ぶ写真からも伝わってきます。
こうして、ただの服ではなく、「誰もが自分らしく装うための選択肢」が、形となって生まれました。
2回目のインクルーシブデザインチャレンジ公開セミナーで書いた「2年目の未来新聞」には、さらなるアイデアも描かれています。
赤ちゃんの頃から同じ生地で仕立て直しながら成長に合わせて作る「成長する服」。
雨の日でも快適に過ごせる防水仕様のジャケット。
いつの日か、これらのアイデアも実現する日も来るかもしれません。そしていよいよ、販売は4月から開始予定。
実現に向けて、準備が進んでいきます。