インクルーシブデザインの実践プロジェクトでは、福祉分野と多分野が協働するチームが、約1年をかけて実際に製品やサービスをつくりあげていきます。
全国に171(2025年時点)の店舗をもち、地域の暮らしを支える平和堂。
「みんながいつまでも安心してお買い物ができるお店づくり」を目指して、2024年から福祉の視点を取り入れた実践に取り組み始めました。今回は、2024年度の取り組みについて振り返ります。
「気づくこと」から始まる接客のかたち
全国に171(2025年時点)の店舗をもち地域の暮らしを支える平和堂では、社内の「認知症サポーター」養成講座の受講を勧めており、2023年には受講者が1万人を突破しました。しかしその数字の裏側には、現場ならではのある課題がありました。
「福祉とデザイン研究会」を通じて行われた実践型研修と、そこから得られた気づきについて、プロジェクトに携わった平和堂の木子さん、井上さんにお話を伺いました。
認知症サポーターはどう役に立つ?
平和堂が認知症サポーターの養成を始めたのは2010年。15年近く継続してきたこの取り組みは、会社全体の文化となりつつあります。しかし、実際に店舗で働く従業員からは、「研修は受けたけれど、現場でどう生かせばいいのか確信が持てない」という声が上がっていました。
「認知症サポーターの講座を受けた後に、実際に現場で当事者の方に気づけているのか、うまく活用できているのかは一つの大きな課題でした」と木子さんは振り返ります。
そこで2024年度のプロジェクトで実施されたのは、実際に認知症の当事者が「一人のお客様」として来店し、従業員がその様子を見守るという実践型の研修でした。そこで浮き彫りになったのは、「気づくことの難しさ」という、極めてリアルな現実でした。
「普通のお客様」の中に隠れた小さなサイン
研修後、参加した従業員からは驚きの声が漏れました。
「普通のおじさまだと思って案内していた。後から当事者だと聞いて、本当に驚いた」
「少し動きがゆっくりだな、とは感じたけれど、まさか認知症の方だとは思わなかった」
井上さんもその場の様子をこう語ります。
「当事者の方は、一見すると一般のお客様と全く変わらない行動をされています。でも、ずっと見守っていると、同じ場所を行ったり来たりされていたり、表示を熱心に確認されていたり……。時折見かける程度のスタッフでは、その行動が『病気や障害』に起因するものだとは、なかなか結びつかないんです」
「専門知識」よりも大切な、一歩踏み込んだ声かけ
「気づかないこと」を後ろ向きに捉えるのではなく、気づくために何ができるか。辿り着いた答えは、非常にシンプルなものでした。
何か困っているのかなと感じたときに、「何かお困りですか?」「これ、美味しいですよ」と一歩踏み込んでお声がけしてみる。そのコミュニケーションのきっかけこそが、見守りの第一歩になる。
それは福祉という特別な枠組みではなく、接客という仕事の本質に立ち返るプロセスでもあるのかもしれません。平和堂が掲げるサステナビリティビジョンの中には「地域の健康」や「多様な人材の活躍」が盛り込まれています。
環境保全(EMS)への取り組みが全社に浸透しているように、人への「配慮」もまた、日々のルーチンの一部にしていく。ひとり一人のお客様に向き合い、声かけや見守りを積み重ねていくことで、誰もが通いやすく、集まりやすいお店が作られていくかもしれません。
福祉は「幸せに生活ため」取り組み
長浜市社協の山岡さんは、このプロジェクトに大きな可能性を感じています。
「福祉というと、マイナスをゼロにする活動やボランティアというイメージが強い。でも、本来は『すべての人が幸せに生活するための取り組み』です。平和堂さんのような企業が、営業活動の延長線上で福祉を捉え直すことは、地域全体をよりよいものにすることにつながります」
研修を通じて、平和堂の木子さんは福祉の定義を再確認したと話します。
「ひとり一人のお客様に向き合いたいと思っても、現実は忙しさに追われてしまうこともあります。でも、今回の研修は私たちが本来目指すべき『安心・安全なお買い物』のあり方を考え直すきっかけになりました」
認知症サポーター養成講座を受講した従業員の方達の「知識」が、現場での「気づき」と「声かけ」という具体的なアクションへと変わってくことが叶えば、スーパーマーケットは単に物を買う場所から、地域の人々が互いに見守り、支え合う場へと進化していくはずです。

この記事を書いた人 | 荒井恵梨子
